昭和50年02月09日 朝の御理解
御理解 第4節
「此方金光大神あって天地金乃神のおかげを受けられる様になった此方金光大神あって神は世に出たのである。神からも氏子からも両方からの恩人は此方金光大神である。金光大神の言う事に背かぬよう、よく守って信心せよ。まさかの折りには、天地金乃神と言うに及ばぬ、金光大神助けてくれと言へばおかげを授けてやる。」
今日は御理解第四節を四節(しせつ)と頂きました。此方金光大神あって、天地金乃神のおかげを受けられる様になった。此方金光大神あって、神は世に出たのである、神からも氏子からも、両方からの恩人は、此方金光大神である。昨日お広前を退らして頂きまして、九時半位だったでしょうか、裏に退らして頂いとりましたら、嫁が電話で、只今善導寺の岸先生から電話が掛かりましたと。どう言う事言って来たかと。
親先生が大変おきつい様だから、御祈念頼むと言う電話でした、と言う事でした。何か異常なものを感じましたから、神様にお届けさして頂きました。すぐその場で善導寺にやらして頂きました。そしたら大変きつそうで、丁度父の五十日祭の翌る日、お礼に出ました時までは差程になかったんですけど、昨日は大変呼吸が困難の御様子でした。それで、若先生、岸先生、親教会にお礼に出ろうと言う所だった。お願いに出ろうと言う所でしたから、私も一緒に出さして貰いました。
人間心で御座いますけれども、せめて御造営の目鼻ども付くまでは、健康であって頂きたいと思いますもんですから、そんなお願いやらもさして頂いて、帰って参りました。帰って参りましたら、非常にあの呼吸が楽になっとられました。それで私が、いやおかげ頂いたねと私がおおげさに申しましたら、いや是は悪い方ですよと、それから皆んな、岸先生も一寸帰って来ると言うて帰られ、それで私と奥さまと若先生と枕元に居らせて頂たんですけれども。大きく眼を見開いておられた。
親先生が急に眼を閉じられ、そしてそれこそ、本当に静かな御臨終の様子でした。もうその眼を閉じられるのと、息がスート消えて行く様に消えて行くのと、何かね神気と言うか霊気と言うか、そう言うものが満ち溢れると言う感じでしたよ。本当に私日頃は親不幸ばかりさして貰うとりますけども、本当に愈々の所にこうしておかげを頂かして頂いとる事を、大変有難いと思ったんですけれど、まあ色々と遷霊の祭りの準備などがありまして、勿論私は座っとるだけで何も出来ませんでしたけれども。
福岡の吉木先生にお願いすると言う事になり、お許しを頂いて、そして昨夜八時過ぎでしたか、遷霊の式も滞りなく終わった訳です。それで私はもう夕方の五時頃、一応帰らして貰って、それまで前日、昨日の朝です。その前の晩私共その晩はもう一睡もしませんでした。一緒に寝んどります孫が、大変具合が悪くて、夜の御祈念を終わってから、私の部屋に二人でやって来た時に、今日は不思議な事を聡子が言う、もうさっち此処にお礼に出たら、御神米を頂かんならんと言うて聞かん相です。
それで御神米を頂いて来たと言いよりましたら、あいものポンポンが痛いポンポンが痛いと言い出し出しましてねもう一晩中。成程是は神様の御都合ぢゃったね、御神米頂かんならん事が、自分で判っとったちゃろうかねと言うて。そんな訳で前の晩は一睡もしとりませんでしたから、昨日もそんな訳で、一服しょうと思いよった所に電話が掛かって来たもんですから、そのまま善導寺に参りました。それで五時頃帰って来て参りましてからお風呂頂いて、それから寝ませて頂いた。
丁度、八時の遷霊式に間に合う様にやらして頂こうと思うて、寝さして貰いました。そしたらあのーもうーそれだから前後不覚に寝んどる訳ですね、寝てませんから。そしたら正しく親先生のお声でですね、大坪さん大坪さんと言うて二声掛けて下さったんです。それでビックリして起きましたらね、もう電気を点けとりませんもんですから、真っ暗でしたけれど、ハット思ってから電気を点けて見ましたら、七時半ですもん。
それで遅うなったと思うて、此処へ出て参りましたら、丁度高芝さんが出て居られましたから、もう早速その車でやらせて頂いた。やらせて頂いたら、まだ吉木先生が一応福岡に帰っられたと、そしてまだ見えとらんと、まだ斉主が見えてないと言うので、まぁだ私共、遅くなしましたけど、それから暫く致しまして、到着なって、まあ無事に遷霊の式が終わりましてから、その遷霊の式が終わりましてから、鹿児島の行徳先生が遺族を代表されて、御挨拶が御座いました。
その御挨拶の開口一番に兄が五十幾年間、それこそお道の御用一筋におかげを頂いて、今日までおかげを頂いてから今日のお国替えのおかげを頂いたと言うか、もう本当に正しくあの世にも持って行かれ、この世にも残しておけれるものを、残してもって行くおかげを頂いた事と信じます、と言うご挨拶が御座いました。その時に私が、その時に頂きますとがね、明治生命と言う事を頂くのです。どう言う事だろうかと思うて、明治と言う事は、明るく治めと書いてあります。
生命と言う事は所謂命と言う事であり、勿論明治生命言わば保険と言う事は、人間が亡くなった後に後々の者が楽をすると言うか、後の者の為に残すのが生命保険であります。成程親先生は生命保険にこそは掛ってはおられなかったけれども、確かに是からの私共の信心の行く手にです、大きな光りともなって下さるだろう、力にもなって下さるだろうと(涙声でしんみりと)思わして貰いました。(親先生涙を流して語られる)
もうそれは皆さんも御承知の通り、私が山と言へば、親先生は川と言いなさるし、私が白と言へば、親先生は絶対赤と言いなさいました。けれども私は今日の御理解を頂いて、本当に此方、荒巻久人先生と言う師匠があったから、それこそ合楽があるです。(涙の語り、のどを詰まらせて)是がもし久留米の初代であったり、甘木の初代であったり、と言う様な方であったら、今日の合楽は生まれてないです。
荒巻久人先生であったからこそ、今日の合楽があるです。改めて思います。合楽がこうして隆々と御比礼を頂いておる。本当にまぁ現在の教団の中からでも、或る意味に於いて、大きくクローズアップされる程しのおかげを頂いておる。そう言う例えばです、そう言うなら教会を生みさった先生だと言う事です。成程三井教会には、北野と星野が御座います、けれどもそれは先代のお弟子です。親先生が五十何年間、御修行下さって、そしてなら本当に教え子、弟子と言うのは、沢山ありましょうけれども。
なら教会を開かせて頂いたと言うのは、親先生の弟子の中には、私だけなんです。然も私は思わしてもろうて、ならこの教会が十軒分、二十軒分の大きな御比礼を頂くと言うならば、それだけ大した言うならば、弟子を言うならば持たれた、生みなれた事になるのです。確かにだから合楽が偉大であれば偉大である程、偉大になれば偉大になって行く程、私は親先生のお徳は輝くと思うです。そう言う意味あいでです。
本当に親先生あって今日の合楽がある、私の恩人なら、だから皆さんの大恩人でもあると言う事を改めて思います。成程今まで私共と三井教会との仲には、私は何処までも心眼的な生き方で行く、親先生は何処までも肉眼的な所に、何時も言わば意見なら意見が相違しました。それこそ赤と言えば白、山と言えば川と言う様な事でしたけれども、それでいてです何とはなしに、それこそ紅白の鏡の餅の様に、一つになるともう何時も一体のものでした。是がもう不思議でした。(喉をつまらせて、もう泣き出されんばかり)
親先生がいくら私にやかましく言われてもですね、段々お話をしよるとですね、何か解け合うものがあったです。本当にあの鏡の餅の様な感じでしたよ。昨日も私は、もう兎に角私に行く筈がないぢゃないの、私で出来る筈がないぢゃないのと言うて、随分言い訳もし、辞退もしましたけれども。今度の葬儀委員長は、どうでも合楽の教会長ぢゃなからにゃいけない、もう総代さん方がそれこそ、もう畳に手をつかんばかりにして、頼まれますもんですから、また若先生もその事を言われますから。
まぁそれなら私は何にも出来んのだから、座っとくだけですよと。そりゃもう私共が手になり足になるけんで、兎に角あの委員長は、先生あなたがして下さらなければと言う事で、まあ葬儀委員長の大役を承った訳ですけれども。もう本当に神様が喜んで下さり、霊様が喜んで下さり、そして遺族の方達にも満足して頂く様な告別の式。又今日火葬祭である。出棺祭が今日の十二時から、そして一時から出棺と言う、おかげになっております。十二日の午後一時に告別式が行われます。
本当に合楽の全信奉者が、只今申します様に、本当に神からも氏子からも恩人という風に言われます。本当に合楽の大恩人である、荒巻久人先生あって、今日の合楽が生まれておると言う、その事実から致しましても、本当に真心こめておかげを頂き、御用もさして頂かんならんと思うとります。今日は、私は御理解四節を、御理解第四節(しせつ)と言う風に聞いて頂きました。言うなら、あの世、この世を境にされた親先生への、おかげを今日はまあ聞いて頂いた訳で御座います。
皆さん、日々の生活の中に、それこそ赤ばっかりならさぞ良かろう、白ばっかりならさぞよかろう、自分の思う様になったらさぞ良かろう、思う事が信心の様に思いますけれど、決してそうじゃないです。赤あって白があり、山と言われ、川と言われる、だからこそ成長するのです。そこを有難く頂いて行く事が信心なんです。そこに、私は一切のものにお礼が言えれる。
言うならば荒巻久人先生に永刧、合楽の言うならば大恩人として、是からの霊ながらの働き、例えば私が昨日、それこそ前後不覚に寝ませて頂いておればです、大坪さん、大坪さんと言うて、起こされる程しの霊の働きも、是からも愈々頂けれる事だと思うです。そう言う働きの霊として、おかげの受けられる様に、愈々私共も一段と信心を進め、強めて行かねばならんと思うので御座います。
どうぞ。